東京地方裁判所 平成9年(ワ)23701号 判決 1999年8月24日
本訴原告(反訴被告)
社会福祉法人恩賜財団済生会
右住所所在の従たる事務所の業務に関する代表者理事
関岡武次
(支部東京都済生会業務担当理事)
右訴訟代理人弁護士
須田清
同
園部洋士
右須田清訴訟復代理人弁護士
生田康介
本訴被告(反訴原告)
赤木忠生
右訴訟代理人弁護士
八代徹也
主文
一 本訴原告(反訴被告)の訴えを却下する。
二 反訴原告(本訴被告)が、反訴被告(本訴原告)との間で、社会福祉法人恩賜財団済生会支部東京都済生会参事及び東京都済生会中央病院総務部長の地位にあることを確認する。
三 反訴被告(本訴原告)は、反訴原告(本訴被告)に対し、金一四八三万四六九〇円及び平成一〇年四月以降本判決確定の日まで毎月二五日限り金八一万四二一六円を支払え。
四 その余の反訴請求に係る反訴原告(本訴被告)の訴えを却下する。
五 訴訟費用は、本訴反訴を通じ、本訴原告(反訴被告)の負担とする。
六 この判決は、第三項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
本訴原告(反訴被告)社会福祉法人恩賜財団済生会を以下「原告」といい、本訴被告(反訴原告)赤木忠生を以下「被告」という。
第一請求
一 本訴
原告と被告との間に雇用契約が存在しないことを確認する。
二 反訴
1 主文第二項と同旨
2 反訴被告は、反訴原告に対し、金一四八三万四六九〇円及び平成一〇年四月以降毎月二五日限り金八一万四二一六円を支払え。
第二事案の概要
本件は、原告が、その支部である東京都済生会において、被告を雇用して東京都済生会中央病院の事務局事務次長に任命し、その後参事の資格を付与し、更に同病院の総務部長に任命した後、同病院に勤務する職員につき済生会中央病院就業規則が定年として定める六〇歳に被告が到達したので、被告を定年退職扱いとしたが、被告が、参事は資格ではなく原告の支部である東京都済生会の管理職の職位にほかならず、自分は参事として雇用されたのであって、その定年は恩賜財団東京都済生会就業規則が管理職の定年として定める七〇歳である等と主張して定年退職したことを争うので、原告が、被告には恩賜財団東京都済生会就業規則の附則により済生会中央病院就業規則の前記規定が適用されることのほか、労働協約の一般的拘束力又は労使慣行により中央病院に勤務する職員については管理職も含めて六〇歳定年が定められており、また、済生会支部東京都済生会業務担当理事と被告との合意により被告の定年が六〇歳と定められたとして雇用契約関係不存在確認を請求し(本訴)、これに対し、被告が前記のとおり主張して社会福祉法人恩賜財団済生会支部東京都済生会参事及び東京都済生会中央病院総務部長としての雇用契約上の地位にあることの確認及び賃金等の支払を請求する(反訴)事案である。
一 争いのない事実等(争いのない事実のほか、証拠により認定した事実を含む。認定の根拠とした証拠は各項の末尾に挙示する。)
1 原告の支部である東京都済生会と被告との間の雇用契約
原告の支部である東京都済生会(以下東京都済生会を指すときは、東京都済生会が原告の支部であることは一々断らずに単に「東京都済生会」ということにするが、東京都済生会が原告の組織の一部であるその支部であることを含めて右のように言い換える趣旨である。)は、平成三年一二月四日、被告を雇用し、その施設である東京都港区<以下略>所在の東京都済生会中央病院(以下「中央病院」という。)の事務局事務次長に任命し、平成四年四月一日参事に任命し、平成七年四月一〇日総務部長に任命した(以下東京都済生会と被告との間の雇用契約を「本件雇用契約」という。)。
2 被告の六〇歳到達
被告は、平成九年二月一一日満六〇歳に達した。
3 被告に対する通知
東京都済生会業務担当理事・中央病院院長伊賀六一は、被告に対し、平成九年二月六日、次の記載のある通告書と題する書面(<証拠略>)をもって通知した。
記
「貴殿は、来る平成9年2月11日付をもって
1 恩賜財団東京都済生会規則第19条但し書き及び恩賜財団東京都済生会事務局組織分掌規程第3条・第5条により、東京都済生会支部の参事の職を解きます。
2 東京都済生会中央病院就業規則第28条・30条により定年退職とします。」
4 被告に対する退職金の送金
東京都済生会は、平成九年二月一四日、被告の銀行口座に六〇三万五六八二円を送金した。被告は、中央病院院長伊賀六一及び院長代行北原光夫に対し、同年三月二日付けの「申入書」と題する書面(<証拠略>)をもって、「私の銀行口座に、意味不明の金員が、振り込まれていました。もしこれが、退職金というのであれば、私は退職金としての受領を拒否します。なお、私の二月分賃金を、私の指定口座に、至急振り込みされるよう、ここに申し入れます。」と通知した。(<証拠略>)
5 原告の定款の支部に関する定め
原告は、定款をもって、支部に関し次のような内容を規定している(適宜要約して記載した。)。
(一) 原告は、支部を都道府県に置き(二六条一項)、従たる事務所を支部所在地に置く(四条二項)。
(二) 理事会は、従たる事務所につき、その業務担当理事(支部業務担当理事という。)を定めなければならない(八条一項)。支部業務担当理事は、その従たる事務所に属する業務については原告を代表する(八条二項)。
(三) 支部は、社会福祉事業及び収益事業を行うため、理事会の承認を得た施設を管理し、事業の実践に属する事項を担当し(二七条一項)、右事業の用に供する資産を管理し、自ら予算を定めて会計を経理し(二七条二項)、理事会の定めるところに準拠してその組織並びに施設の設置管理、事業の実践、事業の用に供する資産の管理、予算の策定及び会計の経理の実施のため必要な規則を定めることができる(二七条三項)。
(四) 支部の管理に属する資産は、固定資産を施設の新設、拡張、改良及び施設の経営権取得のために要する経費に充当するため処分する場合、固定資産を交換する場合、又は不用資産を処分する場合を除くほか、理事会の承認を得なければ処分することができない(一六条一項)。支部がその事業を縮小又は廃止する場合、当該資産又はその対価は、当該都道府県内において原告の経営する他の社会福祉事業又は施設の所要経費に振り向けるものとし、原告内において適当な使途がないときは、当該都道府県内の適当な社会福祉事業に振り向けなければならない(一六条二項)。
(五) 支部業務担当理事は、毎会計年度開始二箇月前にその支部の事業計画を作成し、これに予算を添えて理事長に提出しなければならず(一九条三項)、毎会計年度終了後一箇月以内に事業報告書、財産目録、貸借対照表及び収支計算書を作成して理事長に提出し(二〇条二項)、理事会の承認を得なければならない(二〇条三項)。(<証拠略>)
6 社会福祉法人恩賜財団済生会支部都道府県済生会規則準則
原告は、昭和二七年五月二三日社会福祉法人恩賜財団済生会支部都道府県済生会規則準則(以下「準則」という。)を制定、施行し、この準則は、昭和六二年一一月二七日及び平成八年五月二九日にそれぞれ一部改正されているが、事務局及び施設の組織職員等に関し次のとおり定めている。
第二章 役員及び会員
(会長及び副会長)
六条二項
会長は理事となり会務を統理する。
(理事及び理事会)
七条二項
理事会は、定款第八条に定める支部業務担当理事の候補者を法人理事会に推薦する。
七条三項
理事の互選をもって常務理事一人(二人)を選任し本部に報告しなければならない。
七条四項
常務理事は会の常務を処理し職員を指揮監督する。
第五章 事務局及び施設の組織職員
(事務局の組織)
二七条一項
本会の事務局の組織は左の通りとする。
総務部 (課又は係)
経理部 (課又は係)
事業部 (課又は係)
(医療部) (課又は係)
二七条二項
局、部(課又は係)に長を置く。
(事務局の職員)
二八条一項
本会事務局に左の職員を置き会長がこれを任免する。
参事 (副参事)
主事
主事補
二八条二項
参事は上長の命を承けて事務を掌理する。
二八条三項
主事及び主事補は上長の命を承けて事務に従事する。
二八条四項
前条に定めた組織の各分課の長は参事又は主事をもってこれに補する。
(病院(産院、乳児院)の職員)
三〇条一項
病院(産院、乳児院)に左の職員を置く。
院長(副院長)
診療各科部長(副部長)、医員
研究検査科部長
薬局長、薬剤員
総看護婦長、副総看護婦長、看護婦長、(助産婦長)、看護婦、助産婦、(保健婦)(保母)
栄養士
(歯科衛生士)、歯科技工手
技術員
総務部長、(事務長)、主事、主事補
(技師)、技手、技手補
三〇条五項
院長、診療所長その他施設の長の任免は会長が行い、(副院長)総務部長、(事務長)診療各科部長、研究調査科部長、薬局長、総看護婦長、技師長は院長の内申により会長が任免し、その他の職員は施設長が任免する。(<証拠略>)
7 恩賜財団東京都済生会規則の事務局及び職員に関する規定
(一) 昭和三一年一〇月二〇日に制定、施行された恩賜財団東京都済生会規則(<証拠略>)は、昭和三二年一〇月一六日及び昭和三八年六月一日にそれぞれ一部改正され、平成九年九月八日に全部改正されて社会福祉法人恩賜財団済生会支部東京都済生会規則(<証拠略>)となったが、この全部改正に至るまでは、次のとおり規定していた。
(1) 東京都済生会に事務局を置くことができ、その組織及び事務分掌は別にこれを定める(一六条一項、二項)。
(2) 東京都済生会に、院長、副院長、所長、医長、副医長、科長、医員、調剤員、技師、技師補、栄養士、調理士、看護婦長、主任看護婦、主任助産婦、看護婦、准看護婦、助産婦、保母、参事、主事、主事補、汽関士、自動車運転手、電話交換手、巡視、以上の職員を置き、その業務については別にこれを定める(一八条一項、三項)。
(3) 東京都済生会の職員は会長がこれを任免するが、理事会の決議をもって他の機関を任免権者と定め、又は他の機関に委任することができる(一九条)。(<証拠略>)
(二) 社会福祉法人恩賜財団済生会支部東京都済生会規則(<証拠略>)は、恩賜財団東京都済生会規則(<証拠略>)が平成九年九月八日に全部改正されたものであり、平成一〇年四月一日に一部改正されている。被告が満六〇歳に達した平成九年二月一一日以後の改正であるが、事務局及び職員に関する規定は次のとおりである(できる限り原文の表現を尊重したが、縦書きの文章に直す等の事情から、内容を損なわない限度で表現を改めた箇所もある。以下原文を引用する場合につき同じ。)。
(事務局の組織及び職員)
二七条一項
本会の事務を処理するため、事務局を置く。
二七条二項
本会の事務局に次の職員を置く。
参事
二七条三項
本会の事務局に副参事を置くことができる。
二七条四項
事務局の職員は会長が任免する。
二七条五項
事務局の組織及び職員に関する規程は、会長が別に定める。
(施設の組織及び職員)
二八条一項
本会の施設に、別表1に掲げる職員を置く。
二八条二項
施設の職員は、会長が任免する。
二八条三項
会長は、理事会の承認を得て、前項の職員の任免権の一部を施設長に行わせることができる。
二八条四項
施設の組織及び職員に関する規程は、会長が別に定める。
(三) 社会福祉法人恩賜財団済生会支部東京都済生会規則(<証拠略>)二八条四項を受けて、東京都済生会組織規程(<証拠略>)が制定され、平成一〇年一月一日から施行され、平成一〇年四月一日に一部改正されている。被告が満六〇歳に達した平成九年二月一一日以後の制定、改正であるが、職員等に関する規定は次のとおりである。
(会長の決裁事項)
三条
会長は、次に掲げる事項を決裁する。
(3) 本会施設の組織に関すること。
(4) 諸規則の制定及び改廃に関すること。
(6) 施設の長の任免に関すること。
(7) 施設の長の内申による副院長及び事務部長、福祉施設にあっては副所長の任免に関すること。
(常任理事への委任)
四条
常任理事は、次に掲げる事項を決裁する。
(1) 本会事務局業務及び各施設の業務管理に関すること。
(2) 担当する施設の指導に関すること。
(施設の長への委任)
五条
施設の長は、施設について、次に掲げる事項を決裁する。
(1) 運営の基本方針の策定及び業務運営に関すること。
(2) 事業計画及び財政計画に関すること。
(4) 職員の任免及び賞罰に関すること。但し、港区から受託経営している福祉施設における職員の任免は、本会中央病院長が行う。
(5) 規程、細則の制定及び改廃に関すること。
8 恩賜財団東京都済生会事務局組織分掌規程の事務局及び職員に関する規定
(一) 恩賜財団東京都済生会事務局組織分掌規程(<証拠略>「東京都済生会事務処理機構の改善について(伺)」添付別紙)は、恩賜財団東京都済生会規則(<証拠略>)一六条二項を受けて、昭和三三年一二月二〇日に制定、施行された。この制定当初の恩賜財団東京都済生会事務局組織分掌規程は、次のとおり規定していた。
二条
本会に事務局を置き、総務部、経理部、会計部の三部を設ける。
三条
総務部に左の二課を置く。
庶務課
人事課
四条
経理部に左の二課を置く。
主計課
用度課
五条
会計部に左の二課を置く。
会計課
審査課
六条一項
事務局に局長、部に部長、課に課長を置く。
局長、部長は参事又は、主事をもつてこれに補する。
課長は主事をもつて之に充てる。
六条二項
局長は理事長の指揮を承け局務を掌る。
六条三項
部長は局長の指揮を承け部務を掌る。
六条四項
課長は部長の指揮を承け課務を掌る。
七条
庶務課は左の事項を掌る。
一 会印の管守に関すること。
二 文書の収受、発送及び保存に関すること。
三 理事会及び評議員会の招集並に議事録の作成に関すること。
四 諸規程の整理並に保管に関すること。
五 施設の運営に関する調査統計及び指導に関すること。
六 事業計画及び企画に関すること。
七 診療に関すること。
八 監督官庁に対する諸手続に関すること。
九 表彰に関すること。
一〇 関係諸団体との連絡に関すること。
一一 他課の主管に属しない事項。
八条
人事課は左の事項を掌る。
一 役員の選任、退任及び給与に関すること。
二 職員の任免、服務、給与その他人事に関すること。
三 労務に関すること。
四 職員の福利、厚生、教養に関すること。
九条
主計課は左の事項を掌る。
一 予算に関すること。
二 財産目録、貸借対照表、損益計算書に関すること。
一〇条
用度課は左の事項を掌る。
一 備品、消耗品等の購入、保管及び出納に関すること。
二 薬品及び医療器材、消耗品の購入、保管及び出納に関すること。
三 自動車の営繕に関すること。
一一条
会計課は左の事項を掌る。
一 現金の出納及び保管に関すること。
二 資産の管理、運用に関すること。
三 資金の借入及び償還に関すること。
四 土地、建物の営繕に関すること。
五 決算に関すること。
六 登記に関すること。
七 共同募金の受配に関すること。
八 庁中取締に関すること。
一二条
審査課は左の事項を掌る。
一 診療報酬の請求に関すること。
二 未収金の徴収に関すること。
(二) 恩賜財団東京都済生会事務局組織分掌規程(<証拠略>)は、本件雇用契約締結当時から平成九年一二月三一日まで、次のとおり規定していた。
二条
本会の事務局は中央病院内に置く。
三条一項
事務局には必要な職員を置くことができる。
三条二項
事務局職員の任免は業務担当理事が行う。
三条三項
事務局職員は参事の指揮監督のもとに職務を行う。
四条
事務局の分掌業務は次のとおりとする。
一 庶務事項
(一) 公印(会印、会長印、業務担当理事印)の管守
(二) 役員の選任、退任及び待遇に関する手続
(三) 理事会及び評議員会の招集事務及び議事録の作成
(四) 文書の収受・発送及び保存
(五) 諸規程の整理並びに保管
(六) 事業計画及び企画
(七) 監督官庁に対する諸手続
(八) 関係諸団体との連絡
(九) その他業務処理上必要な事項
二 財務事項
(一) 資産の管理、運用
(二) 資金の借入及び償還
(三) 予算及び決算
(四) 事務局運営費に関する事務処理
(五) その他財務に関する必要な事項
五条
中央病院並びに向島病院他診療所に関する次の事項については、それぞれの施設を担当する常務理事が、業務担当理事の委任を受けて処理する。ただし、業務担当理事名をもって行う業務については、その決裁を経た後でなければ執行することができない。
一 庶務事項
(一) 公印(会長印、常務理事印)の管守
(二) 文書の収受・発送及び保存
(三) 諸規程の整理並びに保管
(四) 施設の運用に関する調査・統計及び指導
(五) 事業計画及び企画
(六) 監督官庁に対する諸手続
(七) 関係諸団体との連絡
(八) その他業務処理上必要な事項
二 人事事項
(一) 職員の任命、服務、給与、労務、福利厚生、教養、その他人事に関する事項
(二) 職員の賞罰
三 財務事項
(一) 資産の管理、運用
(二) 資金の借入及び償還
(三) 予算及び決算
(四) その他財務に関する必要な事項
(三) 東京都済生会事務局組織分掌規程は、平成一〇年一月一日に一部改定され、被告が満六〇歳に達した平成九年二月一一日以後の改正であるが、次のとおりとなった(<証拠略>)。
二条
(改正なし)
三条一項
本会の事務局に参事を置く。
三条二項
必要に応じ副参事を置くことができる。
四条一項
参事、副参事は、常務理事の指揮監督を受け、本会事務局業務のとりまとめを行う。
四条二項
本会事務局分掌業務の処理は、本会中央病院及び本会向島病院の事務部門の職員が行うこととし、両施設の分掌規程において定める。
五条
本会事務局の参事及び副参事の任免は会長が行う。
六条
本会事務局の分掌業務は次のとおりとする。
庶務事項
(1) 理事会、評議員会、その他会議に関すること。
(2) 役員及び事務局職員の人事、給与並びに福利厚生に関すること。
(3) 公印の管守並びに文書の収受、発送、保存に関すること。
(4) 本会諸規則の制定、改廃に関すること。
(5) 契約、登記に関すること。
(6) 表彰に関すること。
(7) 監督官庁等に対する諸手続に関すること。
(8) 関係諸団体との連絡調整に関すること。
(9) 本会各施設との連絡調整に関すること。
(10) その他業務処理上必要な事項に関すること。
財務事項
(1) 事業計画、事業報告に関すること。
(2) 予算及び決算に関すること。
(3) 資産の管理及び運用に関すること。
(4) 本会施設における資金の借入及び償還に伴う諸手続に関すること。
(5) 本会事務局運営費にかかる事務処理に関すること。
(6) その他業務処理上必要な事項に関すること。
9 就業規則の規定内容
関係する就業規則の規定内容は次のとおりである。
(一) 恩賜財団東京都済生会就業規則(<証拠略>)
東京都済生会は、昭和二九年恩賜財団東京都済生会就業規則を制定し、昭和三三年八月一日、昭和三五年一月一日、昭和三六年五月三一日及び昭和三九年五月一日にそれぞれ改正、施行しているが、本件に関係する規定は次のとおりである。
(この規則の目的)
一条一項
この規則は、東京都済生会(以下単に本会という)規則に基き職員の採用、進退、給与、賞罰及び福利厚生の基本事項について定める。
(職員の定義)
五条一項
職員とは、第二章に定めるところにより、本採用され引き続き本会の業務に従事する者をいう。
五条二項
院長、副院長、所長、医長、科長、病院事務長、婦長および部長課長を管理職とする。
(定年退職)
一五条
左の区分により該当年齢に達したものは定年退職とする。
一号
医員、管理職にある者は七十年二号
前項以外の職にある者は六十年四十二条
本会中央病院の職員は、同院の規模を考慮して別に定められた規則により就業し、この規則の適用を受けない。(<証拠略>)
(二) 中央病院就業規則(<証拠略>)
中央病院就業規則は昭和三六年六月一日以前から存したが、同日新たに中央病院就業規則が制定、施行され、従前の就業規則は廃止された。中央病院就業規則は、昭和三九年七月二四日、昭和四二年七月二七日及び昭和四五年一〇月一六日にそれぞれ一部改正、施行された。昭和四五年一〇月一六日に改正、施行された就業規則が中央病院就業規則(<証拠略>)である。本件に関係する規定は次のとおりである。
(この規則制定の準拠規程)
一条
この規則は、恩賜財団東京都済生会就業規則第三〇条の規定に基き制定するものである。
(この規則の目的)
二条一項
この規則は、東京都済生会中央病院(附属乳児院、東京都立民生病院を含む。)(以下「本院」という。)職員の就業に関する事項を定めたものである。
(職員の定義)
四条
この規則で職員とは、本院において雇傭契約によって賃金を受ける者をいう。ただし、日日雇入れられる者又は短期間の臨時雇の者については、この規則に定める日日の労働条件に関する規定のほかは適用されない。
(解雇)
一〇条一項
職員が次に掲げる各号の一に該当する場合は、三〇日前に予告するか又は労働基準法第一二条に規定する平均給料の三〇日分を支給して解雇する。
(以下本文略)
2 業務外の傷病、心身の障害又は老令(ママ)により爾後業務に耐えられないと認めたとき(<証拠略>)
(三) 中央病院就業規則(<証拠略>)
中央病院就業規則(<証拠略>)は平成五年四月一日廃止され(以下この廃止された就業規則を「中央病院旧就業規則」という。)、同日中央病院就業規則(<証拠略>)が施行された。本件に関係する規定は次のとおりである。
一条(目的)
この規則は、社会福祉法人恩賜財団済生会支部東京都済生会就業規則第四二条により、病院(注 前文で社会福祉法人恩賜財団済生会支部東京都済生会中央病院及び付属乳児院を病院と言い換えている。)に勤務する職員の就業に関する基本的事項を規定したものである。
二条(職員の定義)
この規則において職員とは「第二章人事 第一節採用」に定める手続を経て、病院の業務に従うものをいう。
三条(職員の区分)
職員の種類は次のとおりとする。
1 職員
2 準職員(雇用期間の定めのある職員)
3 嘱託員(雇用期間の定めのある職員)
4 臨時職員(雇用期間の定めのある職員)
四条(適用範囲)
この規則は前条に定める職員に適用する。但し、次の各号に該当するものには下記の各条を適用しない。
1 部長・院長補佐・医長ならびにこれに準ずる者 第四八条、第五四条、第五五条、第五六条、第六一条、第六三条、第六七条、第六八条2から4まで (略)
八条(職制)
八条一項
病院は次の職制を置く。
医師系 部長―医長
看護系 部長―婦長―係長―主任
技術系 科長―技師長・薬務長―室長―係長―主任
事務系 部長―課長・室長―係長―主任
看護学院 科長―教務主事―係長
八条二項
前項の職制のほか必要に応じ、代行・代理・補佐・副・次長等を置くことがある。
八条三項
職責は次のとおりとする。
1 各部・科等の所属長は所属部・科等の業務を統轄し、医長・婦長・技師長等を直接の命令系統におき指導監督し、病院の方針を具体化するため所管業務を遂行し、病院長に対して責任を負う。
2 医長、婦長、技師長、課長等は、所属係長、係長以下の職員を指導監督すると共に、その分掌する業務について、その責に任じ所属上長に対して責任を負う。
3から5まで (略)
九条(用語の定義)
この規則において、用語の定義は次のとおりとする。
1 所属長とは、部においては部長、科においては科長をいう。
2 所属上長とは、職制上当該職員を指揮監督する権限をもつ者をいう。
3及び4 (略)
二八条(退職事由)
職員が次の各号の一に該当する場合は退職とする。
1 死亡したとき
2 定年に達したとき
3 退職を願い出て承認されたとき
4 期間の定めがある雇用が満了したとき
5 休職期間が満了し復職を命ぜられないとき
6 第一〇六条により打切補償を行ったとき
7 前各号の他退職が適当と認めたとき
二九条(退職願の提出)
二九条一項
職員が退職しようとするときは、所定様式により、すくなくとも一ヶ月以前に、所属上長を経て病院長に退職事由を明記した退職願を提出し、その承認があるまで従前の業務に従事しなければならない。
二九条二項
前項の場合、所属長の指定する者に対し、確実に業務の引継ぎをしない者には退職金を支給しない。
三〇条(定年)
定年は次のとおりとする。
1 満六〇歳に達したとき
三一条(定年者の再雇用)
三一条一項
業務上特に必要ある者で在職中功績、技能、勤務成績等が優良と病院が認めたときは、嘱託として再雇用することがある。
三一条二項
嘱託の雇用契約等については別に定める。(<証拠略>)
10 中央病院の概要
中央病院は、敷地面積が一万〇三七一・三三平方メートル、床面積が二万三六四八・二三平方メートルあり、内科(一般内科、消化器科、循環器科、呼吸器科、神経内科、糖尿病・内分泌科、血液・腫瘍・感染症科、腎臓内科)、小児科、精神神経科、皮膚科、放射線科、リハビリテーション科、救急診療科、検診センター、外科(一般外科、消化器外科、心臓血管外科、呼吸器外科)、脳神経外科、整形外科、産婦人科、泌尿器科、眼科、耳鼻咽喉科、形成外科、麻酔科、歯科及び病理科の診療科目から成る総合病院である。許可病床数は四五〇である。職員数は一〇三〇名、非常勤職員数は一三四名である。東京都済生会中央病院は、関連施設として付属乳児院、看護専門学校、糖尿病臨床研究センター及び済生会三田訪問看護ステーションがあるほか、東京都から東京都立民生病院の管理運営を委託され、港区からは、港区立特別養護老人ホーム白金の森(港区立高齢者在宅サービスセンター、港区立在宅介護支援センターを併設)、港区立特別養護老人ホーム港南の郷(港区立高齢者在宅サービスセンター、港区立在宅介護支援センター、港区立ケアハウスを併設)及び港区立南麻布高齢者在宅サービスセンターの各管理運営を委託されている。
東京都済生会の平成六年度の施設診療実績で見ると、中央病院は入院患者数が一四万三〇〇八名及び外来患者数が四四万二六七九名であり、それぞれ東京都済生会の医療関係の施設(中央病院、東京都済生会向島病院(以下「向島病院」という。)、東京都済生会渋谷診療所、東京都済生会宮城診療所、東京都済生会葛飾診療所及び東京都立民生病院(受託経営))の患者数の合計の約七一パーセント及び約七八パーセントを占める。東京都済生会の平成六年度の収支で見ると、中央病院は医業収益が一一〇億九〇五一万五〇〇〇円及びこれを含めた収益合計が一一九億三七八一万九〇〇〇円であり、それぞれ東京都済生会の全施設の医業収益及び収益合計の各約七八パーセントを占める。(<証拠略>)
二 争点
1 本件雇用契約に基づく被告の労働条件、殊に定年を定める就業規則その他の法的規範は何か。
(一) 本件雇用契約によって被告の職位はどのように定められたのか。
参事は単なる資格か、独立した職責を有する職位か。すなわち、参事は資格に過ぎず、被告は専ら中央病院に勤務する職員として雇用されたのか(原告の主張)、それとも、参事は独立した職責を有する職位であり、被告は、原告の支部である東京都済生会の参事職であるとともに、東京都済生会の一施設である中央病院の事務局次長として雇用されたのか(被告の主張)。
東京都済生会は、平成三年一二月四日、被告を雇用し、その施設である中央病院の事務局事務次長に任命し、平成四年四月一日参事に任命し、平成七年四月一〇日総務部長に任命したから(第二、一、1)、被告が、東京都済生会との間の雇用契約に基づき、中央病院の事務次長、次いで総務部長の職位を有し、中央病院に勤務する職員であったことは疑いがないが、東京都済生会が平成四年四月一日に被告を参事に任命したことにより、被告が東京都済生会の参事の職位をも有することとなったのか否かが問題になる。
(二) 本件雇用契約に基づく被告の労働条件、殊に定年を規律するのはどの就業規則か。
被告は、東京都済生会の参事であり、恩賜財団東京都済生会就業規則(<証拠略>)一五条(停年退職)の適用があり、その定年は七〇歳か(被告の主張)、それとも被告は、東京都済生会との間の労働契約において、中央病院の職員であり、恩賜財団東京都済生会就業規則四二条によりその適用対象から除外され、専ら中央病院就業規則だけが適用になるのか(原告の主張)。仮に、後者であるとした場合、中央病院就業規則三〇条は管理職を含めて職員の定年を六〇歳と定めているか否か。
(三) 仮に、1(一)で、参事が独立した職責を有する職位であり、被告が平成七年四月一〇日以降東京都済生会の参事と中央病院の総務部長を兼務しているとした場合、労働契約の不可分性の原則によりその定年は七〇歳になるといえるか、参事職についてのみ定年が七〇歳になるというべきか。
2 六〇歳定年を定める中央病院就業規則(<証拠略>)の有効性
仮に1(二)で被告に専ら中央病院就業規則だけが適用になり、中央病院就業規則三〇条は管理職を含めて職員の定年を六〇歳と定めているとした場合、事業所別に異なる定年を定めることができるか。合理的な労働条件を定めるものといえるか。
3 仮に1(二)で被告に専ら中央病院就業規則だけが適用になり、中央病院就業規則三〇条は管理職を含めて職員の定年を六〇歳と定めているとした場合、この六〇歳定年条項を規定したことは、就業規則の不利益変更に当たるか。
(一) 昭和四四年五月一六日に締結され、中央病院の常勤職員の定年年齢を満六〇歳と定める労働協約(<証拠略>)は、被告に適用があったか否か(一般的拘束力の有無)。
(二) 本件雇用契約締結当時、済生会中央病院には管理職を含めて常勤職員の定年年齢を満六〇歳とする労使慣行が存在したか。
4 平成九年二月一一日の時点でこのような労使慣行が存在したか。
5 被告は、本件雇用契約締結の際、中央病院に勤務する職員が管理職を含めて六〇歳で定年退職することを知り、これを認容して本件雇用契約を締結し、もって、定年年齢を満六〇歳とすることを合意したか。
6 東京都済生会と被告とは、平成八年八月七日、六〇歳定年を合意したか否か。
第三当事者の主張
(本訴請求事件)
一 請求の原因
1 本件雇用契約
(一) 第二、一(「争いのない事実等」)、1(原告の支部である東京都済生会と被告との間の雇用契約)のとおり。
(二) 東京都済生会は、平成四年四月一日被告を参事に任命したが、これは被告に参事の資格を付与したに過ぎないのであり、本件雇用契約により専ら中央病院に勤務する職員として被告を雇用した。
(三) 恩賜財団東京都済生会就業規則四二条は、「本会中央病院の職員は、同院の規模を考慮して別に定められた規則により就業し、この規則の適用を受けない。」と規定している。したがって、被告には中央病院就業規則が適用になる。
2 本件雇用契約締結の際の定年年齢を満六〇歳とすることの合意
被告は、本件雇用契約締結の際、中央病院に勤務する職員が管理職を含めて満六〇歳で定年退職することを知り、これを認容して本件雇用契約を締結したから、定年年齢を満六〇歳とすることを合意したものというべきである。この合意内容は、3(一)のとおり、本件雇用契約締結当時及び被告が六〇歳に到達した平成九年二月一一日の時点で中央病院に勤務する職員を規律していた法的規範の内容と合致するから、有効である。
3 中央病院に勤務する職員について六〇歳定年制を定める法的規範
(一) 被告は、1(二)のとおり、本件雇用契約により専ら中央病院に勤務する職員として雇用されたから、恩賜財団東京都済生会就業規則四二条によりその適用対象から除外され、中央病院に勤務する職員を規律する就業規則その他の法的規範があればこれに従うべき立場にある。本件雇用契約締結当時中央病院に勤務する職員を規律する法的規範としては、後記(二)のとおり、昭和四四年五月一六日に締結された済生会中央病院の常勤職員の定年年齢を満六〇歳と定める労働協約ないしこれに準ずるものがあり、また、後記(三)のとおり、管理職を含めて常勤職員の定年年齢を満六〇歳とする労使慣行があったから、被告は、右労働協約ないしこれに準ずるものの適用若しくは準用を受け、又は管理職を含めて常勤職員の定年年齢を満六〇歳とする労使慣行によるものとして、定年年齢を満六〇歳とする規範に服すべき立場にあった。また、被告が六〇歳に到達した平成九年二月一一日の時点で中央病院に勤務する職員を規律する法的規範としては、後記(四)のとおり、平成五年四月一日実施の中央病院の就業規則が六〇歳定年を定めており、平成九年二月一一日の時点で被告に適用があった。右就業規則制定、実施以前に、前期のとおり中央病院に勤務する職員については管理職を含めて六〇歳で定年退職する規範が存在していたから、就業規則の不利益変更には当たらない。
(二) 中央病院の常勤職員の定年年齢を満六〇歳と定める労働協約の一般的拘束力
(1) 中央病院院長と済生会中央病院従業員組合との間で昭和四四年五月一六日に中央病院の常勤職員の定年年齢を満六〇歳と定める労働協約が締結され、昭和四五年五月一六日から施行された。もっとも、この労働協約では常勤職員の定年年齢は男性満六〇歳、女性満五七歳とされていたが、昭和六一年四月二三日の労働協約で男女を問わず常勤職員の定年年齢を満六〇歳と定める旨改められた。
(2) 中央病院の常勤職員の定年年齢を満六〇歳と定める労働協約は、有効期間の定めがなく、解約されていない。この労働協約は中央病院の常勤の職員の四分の三以上の数の労働者が適用を受けるものであるから、本件雇用契約締結当時被告にも適用があった。
(三) 中央病院の常勤職員の定年年齢を満六〇歳とする労使慣行
(二)のとおり、中央病院では常勤職員の定年年齢を満六〇歳と定める労働協約が締結され、昭和四五年五月一六日から施行されてきている。右定年制はそれ以来管理職を含めて施行されてきており、本件雇用契約締結当時もこのような労使慣行が存在した。このような労使慣行が平成五年四月一日実施の中央病院就業規則の定める六〇歳定年条項に結実した。
(四) 中央病院就業規則の定める六〇歳定年条項
平成五年四月一日実施の中央病院就業規則(<証拠略>)は、六〇歳定年を定めている。
4 平成八年八月七日に締結された定年年齢を満六〇歳とすることの合意
被告は、平成八年八月七日、平成八年度及び平成九年度に定年退職する該当者を確認し、該当者に対する通知を行うことを内容とする決裁に関与した際、自分も定年退職該当者であることを確認したから、東京都済生会との間で、被告が六〇歳で定年退職することを合意したものというべきである。
5 被告の定年による退職
(一) 第二、一(「争いのない事実等」)、2(被告の六〇歳到達)のとおり。
(二) したがって、被告は定年により退職した。
6 被告は、参事は資格ではなく東京都済生会の管理職の職位にほかならず、自分は参事として雇用されたのであって、その定年は恩賜財団東京都済生会就業規則が管理職の定年として定める七〇歳である等と主張して定年退職したことを争っている。
7 よって、原告は、被告に対し、原被告間に本件雇用契約が存在しないことの確認を求める。
二 請求の原因に対する認否
1 請求の原因1(一)の事実は認める。
同1(二)の事実のうち、東京都済生会が平成四年四月一日被告を参事に任命したことは認め、その余の事実(参事への任命が被告に参事の資格を付与したに過ぎないこと、東京都済生会が本件雇用契約により専ら中央病院に勤務する職員として被告を雇用したこと)は否認する。参事は、単なる資格ではなく、資格を伴う役職であり、被告は、東京都済生会の参事という職位を命じられたものである。
同1(三)の事実(恩賜財団東京都済生会就業規則四二条は、「本会中央病院の職員は、同院の規模を考慮して別に定められた規則により就業し、この規則の適用は受けない。」と規定していること)は認め、被告には中央病院就業規則が適用になる旨の主張は争う。東京都済生会は、本件雇用契約締結に当たって、被告との間で、被告が平成四年四月一日の新年度から東京都済生会の参事職に就くことを合意するとともに、被告に対し、東京都済生会の一施設である中央病院の事務局次長の職に就くことを命じた。したがって、本件雇用契約に関する労働条件を規律するのは恩賜財団東京都済生会就業規則である。
2 同2の事実(被告が本件雇用契約締結の際中央病院に勤務する職員が管理職を含めて六〇歳で定年退職することを知り、これを認容して本件雇用契約を締結し、定年年齢を満六〇歳とすることを合意したこと)は否認し、定年年齢を満六〇歳とすることの合意が、本件雇用契約締結当時及び被告が六〇歳に到達した平成九年二月一一日の時点で中央病院に勤務する職員を規律していた各法的規範の内容と合致することを理由に、有効であるとする主張は争う。
3 同3(一)の主張は争う。
被告は、東京都済生会に採用された管理職の職員であり、かつ、東京都済生会の一施設である中央病院の総務部長を兼ねている者であるから、本件雇用契約に関する労働条件を規律するのは恩賜財団東京都済生会就業規則である。この就業規則一五条は管理職の定年を七〇歳と定めているから、被告の定年は七〇歳であり、まだ定年に到達していない。この点に関する主張は抗弁で主張するとおりである。
また、東京都済生会の職員の労働条件を規律する就業規則は、始業・終業時刻、休日の定め等のように事業所ごとに定めることを適当するものを別として、基本的な労働条件に関しては各施設を通じて統一的、画一的に定めることを要する。定年制は、正に統一的、画一的に定められるべき労働条件であるから、中央病院就業規則が恩賜財団東京都済生会就業規則の定める定年制と異なる内容を定めることは許されない。
原告は、中央病院について定年の定めを異なるものとする合理的理由を何ら主張立証しない。
同3(二)(1)の事実は知らない。(2)の事実のうち、中央病院の常勤職員の定年年齢を満六〇歳と定める労働協約が有効期間の定めがなく解約されていないことは知らない。その余の事実は否認する。
同3(三)の事実は否認する。
同3(四)の事実のうち、平成五年四月一日実施の中央病院就業規則(<証拠略>)に六〇歳を定年とする条項があることは認め、この規定が管理職をも対象とすることは否認する。
4 同4の事実は否認する。
5 同5(一)の事実は認め、(二)の主張は争う。
6 同6の事実は認める。
7 同7は争う。
三 抗弁
1 恩賜財団東京都済生会就業規則による労働条件(定年)の規律
東京都済生会は、平成四年四月一日被告を参事に任命した。被告は、東京都済生会の参事という職位を命ぜられたものである。したがって、本件雇用契約に基づく労働条件(定年)は、専ら恩賜財団東京都済生会就業規則によって規律されるものというべきである。被告は東京都済生会の管理職であるから、定年は七〇歳であり(同就業規則一五条)、被告は定年に到達していない。
2 本件雇用契約の不可分性(仮定抗弁)
被告は、本件雇用契約に基づいて、平成四年四月一日東京都済生会の参事に任命され、その職位に基づいてその業務を行い、中央病院の事務局次長、平成七年四月一〇日以降総務部長をも兼務している。本件雇用契約に基づく被告の右各職務は不可分一体のものというべきであるから、東京都済生会の参事についてだけでなく中央病院の総務部長についてもその定年は七〇歳になる。
四 抗弁に対する認否
1 抗弁1の事実のうち、東京都済生会が平成四年四月一日被告を参事に任命したことは認め、これによって被告が東京都済生会の参事という職位を命ぜられたことは否認する。主張は争う。被告が中央病院の総務部長を務めていた当時、東京都済生会事務局という組織は実在せず、事務局長も事務局職員もいなかった。したがって、事務局職員を指揮監督するべき参事も実在しなかった。参事は、全く実体のない単なる身分を示す名称としてのみ残ったにすぎない。東京都済生会事務局組織分掌規程(<証拠略>)は有名無実の規程である。東京都済生会は、被告に対し平成四年四月一日に参事の辞令を交付したが、これは具体的職務を伴う職務権限と職責を付与したものではない。昭和五〇年の機構改革のときに東京都済生会事務局組織分掌規程(<証拠略>)の参事に関する規定を廃止しなかったのは事務上の手落ちである。月額七万五〇〇〇円の手当を支払う経理処理上の根拠とするために形式的に参事の辞令を交付してしまった。被告は、こうした形式的な不備を巧みについているに過ぎない。なお、平成一〇年の改正により、参事は具体的職務を明記され、職制として制定されたが、これは全く新たな制度である。
2 同2の事実のうち、被告が平成七年四月一〇日以降東京都済生会の参事をも兼務していることは否認し、主張は争う。被告の主張の趣旨が本件の仮処分決定のいう労働契約の不可分性なるものと同一であるとすれば、その趣旨は不明であるというほかはない。
(反訴請求事件)
一 請求の原因
1 本件雇用契約
(一) 第二、一(「争いのない事実等」)、1(原告の支部である東京都済生会と被告との間の雇用契約)のとおり。
(二) 東京都済生会は、平成三年一二月四日に締結した本件雇用契約において、被告との間で、平成四年四月一日被告を参事に任命し、もって参事という職位に就けることを合意し、かつ、直ちに中央病院事務局次長の職に就くことを命じた。被告は、現実に、平成四年四月一日参事に任命された。
2 本件雇用契約に基づく労働条件(定年)を規律する就業規則(主位的主張)
右1(二)の事実によれば、本訴請求事件の抗弁1のとおりである(要件事実は右1(二)のとおりである。)。
3 本件雇用契約の不可分性(仮定的主張)
本訴請求事件の抗弁2のとおりである。
4(一) 被告は、毎月一日から末日までの当月分給与を当月二五日に支払を受けており、その額は、平成九年二月一一日当時月額七八万円(本給七〇万五〇〇〇円、参事手当七万五〇〇〇円)であり、同年四月一日以降は月額八一万四二一六円(通勤手当月額一万七四一六円を含む。)である。同年四月一日以降を月額八一万四二一六円とした根拠は次のとおりである。平成八年度は労使協定により本給が平均四パーセント増額になり、被告は一万六八〇〇円昇給した。平成九年度も労使協定により本給が平均四パーセント増額になったから、被告は一万六八〇〇円昇給したものとすべきである。これに平成九年度の六箇月分の通勤手当一〇万四五〇〇円を六で除して円未満を切り捨てた額である一万七四一六円を加えると、月額八一万四二一六円となる。
(二)(1) 一時金(賞与)の支給基準は次のとおりである。夏期一時金(賞与)は基本給二箇月分に一一万二五〇〇円を加えた額であり(ただし、一般職員が二箇月分以下の場合)、冬期一時金(賞与)は基本給三箇月分に一一万二五〇〇円を加えた額である(ただし、一般職員が三・五箇月分以下の場合)。いずれも、一般職員の支給率等が右を超える場合は加給する。
(2) 平成九年度の夏期一時金(賞与)は一般職員が本給二・〇五箇月分に一万円を加えた額であり、冬期一時金(賞与)は一般職員が本給三・五箇月分であったから、次のとおり、被告が平成九年六月三〇日に支給されるべき夏期一時金(賞与)は一六〇万二一九〇円であり、平成九年一二月一日に支給されるべき冬期一時金(賞与)は二二七万七九〇〇円である。
721,800×2.05+10,000+112,500=1,602,190
721,800×3+112,500=2,277,900
5 しかるに、原告は、被告が平成九年二月一一日満六〇歳に達したことにより定年退職したと主張し、被告に対し同年二月分の給与として三七万六〇〇〇円(業務引継ぎのための三日分の賃金と称する七万〇五〇〇円を含む。)を支払っただけで、以後の月額給与及び一時金を支払わない。
6 よって、被告は、原告に対し、本件雇用契約に基づき、被告が社会福祉法人恩賜財団済生会支部東京都済生会参事及び東京都済生会中央病院総務部長の地位にあることの確認を求め、並びに平成九年二月分の給与残金四〇万四〇〇〇円、同年三月分の給与七八万円、同年四月一日以降平成一〇年三月末日まで一箇月八一万四二一六円の割合による未払給与(ただし、平成九年四月一日以降平成一〇年三月末日までの通勤手当は、六箇月定期券代一〇万四五〇〇円を六で除してこれに一二を乗ずる方法で算出した二〇万九〇〇〇円を請求するから、前記の割合により算出した額よりも八円多くなる。)及び前記各一時金、以上合計金一四八三万四六九〇円並びに平成一〇年四月以降毎月二五日限り月額八一万四二一六円の給与を支払うよう求める。
二 請求の原因に対する認否
1 請求の原因1(一)の事実は認める。
同1(二)の事実のうち、東京都済生会が、平成三年一二月四日に締結した本件雇用契約において、被告との間で、平成四年四月一日被告を参事という職位に就けることを合意したことは否認し、その余の事実は認める。
2 同2の主張は争う。
3 本訴請求事件の抗弁2に対する認否と同一である。
4 同4(一)の事実のうち、被告が平成九年二月一一日当時月額七八万円(本給七〇万五〇〇〇円、参事手当七万五〇〇〇円)の給与の支払を受けていたことは認め、同年四月一日以降の給与が月額八一万四二一六円であることは否認する。
同4(二)の事実は否認する。
5 同5の事実は認める。
6 同6は争う。
三 抗弁
1 恩賜財団東京都済生会就業規則四二条
本訴請求事件の請求の原因1(三)のとおりである。
2 中央病院に勤務する職員について六〇歳定年制を定める法的規範
(一) 本訴請求事件の請求の原因3(一)のとおりである。ただし、「1(二)のとおり、」とあるのは除く。
(二) 中央病院の常勤職員の定年年齢を満六〇歳と定める労働協約の一般的拘束力
本訴請求事件の請求の原因3(二)のとおりである。
(三) 中央病院の常勤職員の定年年齢を満六〇歳とする労使慣行
本訴請求事件の請求の原因3(三)のとおりである。
(四) 中央病院の就業規則の定める六〇歳定年条項
本訴請求事件の請求の原因3(四)のとおりである。
3 本件雇用契約締結の際の定年年齢を満六〇歳とすることの合意
本訴請求事件の請求の原因2のとおりである。
4 平成八年八月七日の定年退職の合意
本訴請求事件の請求の原因4のとおりである。
5 被告の定年による退職
本訴請求事件の請求の原因5のとおりである。
四 抗弁に対する認否
本訴請求事件の請求の原因に対する認否と同一である。
第四当裁判所の判断
一 原告、東京都済生会及び中央病院の関係について
1 恩賜財団済生会の設立から社会福祉法人への組織変更に至る経緯
明治四四年二月一一日、明治天皇が桂太郎に対し、済生勅語とともに基金として一五〇万円を下賜されたことに始まり、同年五月三〇日恩賜財団済生会の設立が許可された。恩賜財団済生会は、大正四年、北里柴三郎を初代院長として済生会芝病院を開設した。恩賜財団済生会は、昭和六年、東京都済生会をはじめ、各府県に支部を設置した。東京都済生会は、以来、向島病院その他の診療所を開設し、医療活動を行っていたが、済生会芝病院は本部直営の基幹病院として、その役割を果たしていた。済生会芝病院は昭和二五年四月一日東京都済生会に移管され、東京都済生会中央病院と改称した。恩賜財団済生会は、昭和二七年五月、社会福祉法人に組織変更された。これが原告である。(<証拠略>)
2 原告、東京都済生会及び中央病院の関係について
原告の定款の支部に関する定めは前記(第二、一、5)のとおりであり、これによれば、支部は原告の組織の一部に当たり、また、支部が設置管理する施設は組織の構成部分に過ぎないから、原告の支部である東京都済生会は原告の組織の一部を構成するものであり、また、中央病院は東京都済生会の一施設であり、原告と別個独立の権利義務の帰属主体ではないというべきである(最高裁判所昭和六〇年七月一九日第三小法廷判決(民集三九巻五号一二六六頁)参照)。
第二、一、10(中央病院の概要)で述べたとおり、中央病院は東京都済生会の設置、管理する施設の中で群を抜いた存在であり、済生会芝病院開設以来の歴史的経緯と相まって、原告の関係者の間では独立した事業体の実質を持つものと認識されてきた。しかし、法的には前記のとおりであるから、中央病院が文字どおり独立した事業体であるかのように法律関係をとらえるべきではない。(証拠略)には、中央病院の代表である院長と済生会中央病院従業員組合との間で昭和四四年五月一六日に中央病院の常勤職員の定年年齢を満六〇歳と定める労働協約が締結されたと記載されている。しかし、労働協約がその効力を生ずるには、労働組合法一四条の定めるとおり、労働組合と使用者との間で締結されなければならないのであり、その当事者は、権利能力なき社団も含めて権利義務の帰属主体であることを要するのであるから、原告の組織の一部を構成する東京都済生会の構成部分に過ぎない中央病院が労働協約の締結主体となることはできないのであり、右の労働協約は、その従たる事務所に属する業務について原告を代表する権限を有する支部業務担当理事からの常務理事又は施設の長への権限の委任に基づいて締結されたものととらえるのでなければ、その効力を肯定することはできない。
中央病院は、労働基準法、労働組合法上の事業場に当たるというべきである(労働基準法三二条の三、三二条の四、三二条の五、三六条、三八条一項、三八条の二第二項、第四項、三九条五項、六項、九〇条一項、九二条一項、労働組合法一七条参照)。
二 本訴の適法性について
原告は、本訴において原告と被告との間に雇用契約が存在しないことの確認を請求しており、この請求は、原告が被告に対する本件雇用契約に基づく賃金の支払い義務のないことのほか、被告が本件雇用契約の存続することを前提とする法的地位にないことの確認を求めるものである。
そうすると、本訴は、反訴請求である本件雇用契約に基づく賃金及び一時金の支払請求並びに被告が本件雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認請求(社会福祉法人恩賜財団済生会支部東京都済生会参事及び東京都済生会中央病院総務部長の地位にあることの確認請求は、本件雇用契約上の権利を有する地位にあることに加えて、職務上の地位の確認を求める請求であると解するのが相当である。)の反対形相としての消極的確認の訴えにほかならず、反訴請求の当否の判断にすべて吸収される関係にあるから、原被告間の本件雇用契約の存否をめぐる法的紛争を解決する有効適切な手段であるということはできず、確認の利益を欠くといわざるを得ない。
よって、本訴は不適法な訴えであるから、却下する。
三 反訴の適法性について
将来の給付を求める訴えは、あらかじめその請求をする必要がある場合に限り、提起することができる(民事訴訟法一三五条)。既に権利発生の基礎をなす事実関係及び法律関係が存在し、ただこれに基づく具体的な給付義務の成立が将来における一定の時期の到来や債権者において立証を必要としないか又は容易に立証し得る別の一定の事実の発生にかかっているにすぎない期限付債権や条件付債権のほか、将来発生すべき債権についても、その基礎となるべき事実関係及び法律関係が既に存在し、その継続が予測されるとともに、右債権の発生・消滅及びその内容につき債務者に有利な将来における事情の変動があらかじめ明確に予測し得る事由に限られ、しかもこれについて請求異議の訴えによりその発生を証明してのみ強制執行を阻止し得るという負担を債務者に課しても、当事者間の公平を害することがなく、格別不当とはいえない場合には、これにつき将来の給付の訴えを提起することができるものと解するのが相当である(最高裁判所昭和五六年一二月一六日大法廷判決民集三五巻一〇号一三六九頁、最高裁判所昭和六三年三月三一日第一小法廷判決判例時報一二七七号一二二頁、判例タイムズ六六八号一三一頁)。本件では、本件雇用契約上の地位確認及び未払賃金支払請求を(一部)認容する判決が確定すれば、社会福祉法人である原告(東京都済生会)は、本判決の趣旨に従い、被告の本件雇用契約上の地位を前提として賃金を支払うことが確実であると期待できるから、本判決確定の日の翌日以降の賃金請求まで認容することは、被告にとってはそこまでの必要がなく、原告にとっては請求異議の訴えを提起しなければ強制執行を阻止し得えないという過大な負担を課されるものというべきである。したがって、本判決確定の日の翌日以降の賃金請求に係る訴えは、あらかじめその請求をする必要がある場合の要件を欠くものというべきである。
よって、反訴請求中右の部分に係る訴えは、不適法として却下する。
四 本件雇用契約に基づく被告の職位について(争点1(一)、反訴請求事件、請求の原因1(二))
1 恩賜財団東京都済生会事務局組織分掌規程の制定、改正の経過について
(一) 制定当初の恩賜財団東京都済生会事務局組織分掌規程
昭和三一年一〇月二〇日に制定、施行された恩賜財団東京都済生会規則(<証拠略>)及び昭和三三年一二月二〇日に制定、施行された恩賜財団東京都済生会事務局組織分掌規程(<証拠略>「東京都済生会事務処理機構の改善について(伺)」添付別紙)に、原告が定めた社会福祉法人恩賜財団済生会支部都道府県済生会規則準則の前記(第二、一、6)の規定内容をも併せて考えると、東京都済生会は、右規則及び規程により、総務部、経理部、会計部の三部から成る事務局と病院等の施設とを別の組織として規定し、それぞれに職務権限を有し、職務に従事する職員を置き、その任命権者を定めており、これを事務局について見ると、参事、主事及び主事補を置き、会長がこれを任免し、参事は上長の命を承けて事務を掌理し、主事及び主事補は上長の命を承けて事務に従事し、事務局に局長、部に部長、課に課長を置き、局長、部長は参事又は主事をもってこれに補し、課長は主事をもってこれに充てることを規定していたものと認めることができる。
(二) 昭和五〇年九月一日の全面改正
前記(第二、一、8)のとおり、恩賜財団東京都済生会事務局組織分掌規程は昭和五〇年九月一日に全面的に改正され、東京都済生会の事務局を中央病院内に置き、事務局には必要な職員を置くことができ、その任免は業務担当理事が行い、事務局職員は参事の指揮監督のもとに職務を行うこととした一方で、中央病院並びに向島病院及び三診療所に関しては、業務担当理事名をもって行う業務を除き、それぞれの施設を担当する常務理事が、業務担当理事の委任を受けて処理することを規定するに至った。この改正の結果、事務局の分掌業務は、公印(会印、会長印、業務担当理事印)の管守、役員の選任、退任及び待遇に関する手続、理事会及び評議員会の招集事務及び議事録の作成、文書の収受・発送及び保存、諸規程の整理並びに保管、事業計画及び企画、監督官庁に対する諸手続、関係諸団体との連絡、資産の管理、運用、資金の借入及び償還、予算及び決算、事務局運営費に関する事務処理等となり、事業計画及び企画、監督官庁に対する諸手続、関係諸団体との連絡、資産の管理、運用、資金の借入及び償還、予算及び決算、事務局運営費に関する事務処理といった事項は、広範なものに見えるが、中央病院並びに向島病院及び三診療所に関するものはそれぞれの施設を担当する常務理事が業務担当理事の権限の委任を受けて処理するので、東京都済生会事務局が取り扱うのは右各施設に関するもの以外のものということになり、全体の取りまとめ等、各施設ごとの事務処理になじまないものに限られることとなった。
なお、恩賜財団東京都済生会規則(<証拠略>)は、平成九年九月八日に全部改正されて社会福祉法人恩賜財団済生会支部東京都済生会規則(<証拠略>)となったが、この改正に至るまでは、当該規則の中に東京都済生会中央病院及び同付属乳児院の会計を特別会計とする規定を置いていた(二二条)。
(三) 東京都済生会事務局の業務の実情
このような恩賜財団東京都済生会事務局組織分掌規程の改正には次のような事情があった。中央病院は、大正四年、北里柴三郎を初代院長として開設された済生会芝病院に沿源を有し、恩賜財団済生会本部直営の病院であり、その中核的な医療機関として大きな役割を果たしてきており、東京都済生会の管理する施設の中で群を抜いて大きな存在であり、その歴史的経緯から、東京都済生会事務局からは独立した存在としての色彩が強かった。中央病院院長がその運営の実権を握っていた。東京都済生会事務局は、恩賜財団東京都済生会事務局組織分掌規程(<証拠略>「東京都済生会事務処理機構の改善について(伺)」添付別紙)の規定するとおり、多くの部局を設け、常任役員と多数の事務局職員をもって業務を執行していたが、右のような事情から、当時の東京都済生会事務局業務は、済生会支部東京都済生会としての本部及び外部との連絡、折衝等の法人業務及び管下全施設の総合的な統括業務と、東京都済生会向島病院、東京都済生会渋谷診療所、東京都済生会宮城診療所及び東京都済生会葛飾診療所の運営業務とに大別され、後者が事務量の大半を占めていたのであり、中央病院の運営業務は実際には含まれず、この運営業務は実際には中央病院院長と中央病院事務局が行っていた。
原告は、肩書地所在の三田国際ビルに移転する以前に独立の建物を有し、事務所を置いていた。東京都済生会は、当時、その一角を借りて、業務担当理事の下に事務局が前記のような業務を遂行していたが、東京都済生会向島病院は次第に独自性を強め、東京都済生会向島病院長の下に向島病院事務部が運営の実権を握るようになってきた。そのため、東京都済生会事務局の業務は、済生会支部東京都済生会としての本部及び外部との連絡、折衝等の法人業務及び管下全施設の総合的な統括業務だけに縮小しつつあり、職員の人数も減少してきていた。
その後、原告が肩書地所在の三田国際ビルに移転することとなった際、前記建物の一角にあった東京都済生会の事務局は、当時の役員及び職員合計六名のうち、業務担当理事及び職員一名が東京都済生会中央病院内に設置された「業務担当理事室」に、その他の職員四名が東京都済生会向島病院内に仮設置された「事務局」とに分かれて移転した。
昭和四九年一月三一日をもって河原田業務担当理事(在職一一年余)が退職し、その後任の業務担当理事に堀内光中央病院長が就任した。常務理事は、堀内光中央病院長と石田向島病院長の二名であり、それぞれ中央病院、向島病院の運営を担当することとなった。また、昭和五〇年三月三一日をもって高橋参事(在職一六年)が退職し、参事の後任に黒田中央病院事務長が就任した。このように、長年にわたって東京都済生会事務局運営の中核を担ってきた業務担当理事及び参事が相次いで退職し、中央病院長及び中央病院事務長が兼任することとなったが、従前から東京都済生会事務局業務の大部分を占めていた向島病院、東京都済生会渋谷診療所、東京都済生会宮城診療所及び東京都済生会葛飾診療所の運営業務は、石田常務理事(向島病院長)と篠原東京都済生会事務局総務部長(向島病院事務長)が担当していたし、原告の本部からの通達その他の連絡も実際には向島病院内にされていた。そこで、東京都済生会事務局の業務処理を一元化するため、昭和五〇年九月一日東京都済生会事務局組織分掌規程が改正され、東京都済生会の事務局はすべて中央病院内に置かれることとなり(東京都済生会事務局組織分掌規程(<証拠略>)二条)、中央病院並びに向島病院外三診療所に関するものは、すぐ後で述べるように、それぞれの施設を担当する常務理事が業務担当理事の権限の委任を受けて処理するので、東京都済生会事務局が取り扱うのは右各施設に関するもの以外のものということになり、全体の取りまとめ等、各施設ごとの事務処理になじまないものに限られることとなった。このような事務局分掌業務の処理は、中央病院の事務部門の職員が行うこととなったが、庶務事項は中央病院院長秘書室所属の職員が、財務事項は管理部経理課所属の職員が、いずれも東京都済生会事務局職員の兼務発令を受けることなく、右各業務の処理に当たっていた。これは、中央病院の組織上、従前置かれていた事務局長が中央病院の事務部門のトップであり、管理部経理課所属の職員に対し管理部長を介して指揮命令権限を有していたこと等から、事務局長がこの指揮命令権限に基づいて東京都済生会事務局分掌業務の処理を行わせていたものと解することができるのであり、法的には十分整備された組織系統とはいえなかったが、事務局長が東京都済生会の参事の発令を受けていれば、事務局長の指揮命令権限等を用いて前記の各職員に東京都済生会の事務局分掌業務を行わせることができ、格別問題はなかった。その反面、東京都済生会の事務局には参事だけが置かれて事務局業務のとりまとめを行うこととなったので、東京都済生会の参事という地位だけでは部下もなく、中央病院の事務局長又はこれに準ずる地位にある者に東京都済生会の参事を発令することが実際上必要であったということができる。その後、中央病院の組織改革により事務局長は置かれなくなり、総務部長が中央病院の事務部門のトップとして位置付けられることとなり、先に東京都済生会の参事の発令を受けていた被告が総務部長に就任した。総務部長は、中央病院院長秘書室所属の職員や管理部経理課所属の職員に対する直接の指揮命令権限を有していたわけではなかったから、法的には他の部署に対する業務依頼で処理してもらっていたことになる。しかし、既に昭和五〇年以来、中央病院の事務部門等の職員が東京都済生会事務局の分掌業務を処理してきており、このような処理態勢が定着していたので、右に見たような指揮命令系統の形式的不備は格別問題となることはなかった。(<証拠略>)
(四) 昭和五〇年九月一日の東京都済生会事務局組織分掌規程の改正以後の東京都済生会事務局分掌業務の処理
このように、東京都済生会の事務局分掌業務は、かつては、東京都済生会向島病院及び三診療所の運営を含み、これが東京都済生会の事務局業務の大部分を占めていたが、その後、これが東京都済生会の事務局分掌業務の対象から外れるようになり、東京都済生会事務局組織分掌規程も右のとおりに改められてそれを規程上も明確にされたのであり、東京都済生会の事務局分掌業務は大幅に縮小するに至っている。しかし、中央病院、向島病院等の施設の運営以外の全体の取りまとめ等、各施設ごとの事務処理になじまない業務は依然として存在していた。このような事務局分掌業務の処理は、中央病院の事務部門の職員が行うこととなり、東京都済生会の事務局には参事だけが置かれて事務局業務の取りまとめを行うこととなった。したがって、昭和五〇年九月一日に東京都済生会事務局組織分掌規程が改正されて以後は、東京都済生会の事務局の職員として任命されるのは参事だけとなり、事務局業務の取りまとめを行うこととなったから、改めて事務局長の発令を行うことは無用のこととなったのであり、それ故に、昭和五〇年九月一日に改正された東京都済生会事務局組織分掌規程では、従前の事務局の組織(部・課)及び構成(局長、部長、課長)に関する規定が削除されたものと考えられる。
(五) 東京都済生会事務局組織分掌規程のその後の改正
東京都済生会事務局組織分掌規程は、平成一〇年一月一日に一部改正され、次のとおりとなった。すなわち、東京都済生会事務局に参事、必要に応じ副参事を置き、その任免は会長が行い、参事、副参事は、常務理事の指揮監督を受け、事務局業務のとりまとめを行い、事務局分掌業務の処理は、中央病院及び向島病院の事務部門の職員が行い、両施設の分掌規程において定めることとし、事務局分掌業務は、庶務事項が、<1>理事会、評議員会、その他会議に関すること、<2>役員及び事務局職員の人事、給与並びに福利厚生に関すること、<3>公印の管守並びに文書の収受、発送、保存に関すること、<4>諸規則の制定、改廃に関すること、<5>契約、登記に関すること、<6>表彰に関すること、<7>監督官庁等に対する諸手続に関すること、<8>関係諸団体との連絡調整に関すること、<9>各施設との連絡調整に関すること等であり、財務事項が、<1>事業計画、事業報告に関すること、<2>予算及び決算に関すること、<3>資産の管理及び運用に関すること、<4>施設における資金の借入れ及び償還に伴う諸手続に関すること、<5>事務局運営費にかかる事務処理に関すること等であった。(<証拠略>)
(六) 以上の事実によれば、参事は、昭和三三年一二月二〇日に制定、施行された東京都済生会事務局組織分掌規程では、事務局職員の資格としての意義を有し、事務局長、部長等が職位であったと考えられるのであるが、その後、前記のような事務処理の実情を踏まえて東京都済生会事務局組織分掌規程が昭和五〇年九月一日に改正され、副参が任命されない限り、唯一の事務局職員としての意義を有することとなり、参事としてはただ一人だけが任命されることが想定されたのであって、従前と同じ参事という用語ではあるが、この改正によって職位を意味する語に転化するに至ったものと解するのが相当である。
2 被告が東京都済生会参事として行っていた業務
被告は、東京都済生会参事として、東京都済生会の各年度の事業計画・予算案、事業実績・決算案等の各案件に関する役員会(理事会・評議員会)開催準備と役員会での議案の説明、常務理事会の開催準備と議事録の作成・配付、東京都済生会の各施設の運営に関する人事・施設整備、施設運営受託に関する企画、対外折衝等、東京都済生会の各施設の新設・廃止・変更に伴う定款変更申請、原告の本部方針及び指示事項の関係施設・部署への周知連絡、本部への連絡・報告並びに都又は区による監査の立会い等の業務を遂行し、又は中央病院の職員による業務遂行を指揮監督していた。(<証拠略>、被告本人)
3 東京都済生会参事の後任に対する引継ぎの指示
中央病院院長は、被告が定年退職したものとして扱い、その後任として、藤原徹に対し、平成九年三月三一日付けで事務長兼総務部長事務取扱を命じ、東京都済生会は、被告が定年退職したものとして扱い、その後任として、藤原徹に対し、同年四月一日付けで、東京都済生会参事に任命した。
これに先立ち、伊賀六一業務担当理事(中央病院院長、平成九年三月三一日付けで業務担当理事を退任し、中央病院院長を退職した。)は、被告の東京都済生会参事の職務内容を増田淳管理部長が引継ぎをすることを決め、増田淳管理部長は、これを受けて平成九年一月二九日、被告に対し、引継ぎ事項を示し、引継ぎを書類で行うよう求めた。(<証拠略>、本訴被告(反訴原告)本人)
4 被告の職位
東京都済生会は、平成三年一二月四日、被告を雇用し、その施設である中央病院の事務局事務次長に任命し、平成四年四月一日参事に任命し、平成七年四月一〇日総務部長に任命したから(第二、一、1)、被告は、東京都済生会との間の雇用契約に基づき、中央病院の事務次長、次いで総務部長の職位を有するとともに、平成四年四月一日以降東京都済生会の参事の職位をも有することとなったと解するのが相当である。
(証拠略)の鑑定意見は傾聴に値するが、前記各事実に基づいて検討すると、右に述べたように解するのが相当であるから、(証拠略)の鑑定意見は採用することができない。
五 本件雇用契約を規律する就業規則について(争点1(二))
1 同一の事業場につき職種、職務の違いに応じてそれぞれ異なる内容の就業規則が制定されている場合と就業規則の適用関係
(一) 就業規則は、企業経営の必要上労働条件を統一的、かつ、画一的に決定するものであるが、企業における個々の事業場を単位として作成、届出がされるものであり(労働基準法八九条、九〇条、九二条参照。なお、労働組合法一七条参照)、それが合理的な労働条件を定めているものである限り法的規範としての性質を認められるが(最高裁判所昭和四三年一二月二五日大法廷判決民集二二巻一三号三四五九頁)、これも就業規則が制定された当該事業場内の労働契約関係を規律するものにほかならない。したがって、同一企業であっても、事業場が異なるのであればそれぞれ異なる内容の就業規則を制定することは可能であるが、それぞれ合理的な労働条件を定めているものであることを要するし、就業規則の規定内容が異なることが取りも直さず労働基準法三条、四条に違反することとなるのであれば、その部分が無効となるというべきである。
(二) さらに、同一の事業場に勤務する労働者の中に職種、職務内容が異なる者がいる場面に、その違いに応じてそれぞれ異なる内容の就業規則を制定することも、それが合理的な労働条件を定めているものであり、かつ、労働基準法三条、四条に違反しない限り、適法であると解するのが相当である。職種、職務内容の違いに応じて異なる労働条件を定めること自体は適法と解すべきだからである(なお、労働基準法八九条一〇号参照)。
(三) 同一の事業場に勤務する労働者の中に職種、職務内容が異なる者がいて、職種、職務の違いに応じてそれぞれ異なる内容の就業規則が制定されている場合において、その異なる職種、職務を兼務する労働者がいるときは、各就業規則の中に適用関係を調整する規定があればそれによってどの規定を適用するかを決すべきであるが、調整規定がなければ、労働条件を統一的、かつ、画一的に決定する就業規則の性質に照らし、各就業規則の規定の合理的、調和的解釈により、その労働者に適用すべき規定内容を整理、統合して決定すべきである。この解釈に当たっては、各就業規則制定当時の状況、制定に至る経緯、解釈を必要とする当該各規定の趣旨等を考慮し、各就業規則を制定した使用者の合理的意思を探究して行うべきであるが、そのまま異なる内容の規定を重畳的に適用すると相互に矛盾抵触するものがあり、右の合理的、調和的解釈に努めても解決できないときは、その労働者にとってより有利な内容の規定が適用されるものと解するのが相当である。労働基準法九三条は、労働条件に関し就業規則の規定と労働契約の合意内容とに不一致があり、かつ、後者の合意内容が前者の定める基準に達しない場合についての規定であって、右に述べた重畳的に適用される就業規則の各規定内容に不一致がある場合を直接規定しているものではないが、同条の示している解決の仕方は、このような場合にも準用することが相当だからである。
2 恩賜財団東京都済生会就業規則(<証拠略>)と中央病院就業規則の適用関係
(一) 前記のとおり、中央病院が中核的な医療機関として大きな役割を果たしてきた歴史的経緯、独立した事業体に等しいような実質等から、東京都済生会が昭和二九年に恩賜財団東京都済生会就業規則(<証拠略>)を制定するに当たっても、中央病院に勤務する職員については、恩賜財団東京都済生会就業規則の適用対象から除外し、別に制定する中央病院の就業規則によって規律することとした。中央病院の運営業務は東京都済生会事務局の業務から外れており、この運営業務は実際には中央病院院長と中央病院事務局が行っていた。
昭和五〇年九月一日東京都済生会事務局組織分掌規程が改正され、東京都済生会の事務局はすべて中央病院内に置かれることとなったが、この際には恩賜財団東京都済生会就業規則も中央病院旧就業規則も改正されず、従前の規定のままであった。もともと中央病院院長は会長に任命され、中央病院旧就業規則の規律を受けるわけではなかったと解されるから、業務担当理事に重ねて任命されても、格別問題は生じなかった。これに対し、中央病院事務長は中央病院旧就業規則の規律を受けるから、恩賜財団東京都済生会就業規則と中央病院旧就業規則の重畳適用の問題が生じたのであるが、右に述べたとおり格別調整規定が手当されたわけではなかった。中央病院就業規則に定年条項が規定されたのは平成五年であるが、その際にも格別調整規定が手当されなかった。(本訴原告(反訴被告)代表者関岡武次)
(二) 中央病院は前記のとおり労働基準法にいう事業場に当たるから、東京都済生会は、中央病院に勤務する職員を対象とし、その労働契約関係を規律する就業規則を制定することができるのであり、現に、恩賜財団東京都済生会就業規則四二条において、「本会中央病院の職員は、同院の規模を考慮して別に定められた規則により就業し、この規則の適用を受けない。」と規定し、中央病院就業規則が制定されているところであるが、(一)で述べた同条の趣旨に照らすと、同条にいう「中央病院の職員」とは、医療機関等の機能を果たす施設としての中央病院の業務を統括し、又はこれに従事する職員を意味するものと解するのが相当であり、この意味で中央病院に勤務する職員には中央病院就業規則が適用になる。
(三) このように、恩賜財団東京都済生会就業規則(<証拠略>)四二条は、中央病院の業務に従事する職員をその適用対象から除外し、中央病院就業規則の規律にゆだねることとしているが、東京都済生会事務局職員の発令を受け、中央病院の業務以外の東京都済生会の業務に従事する職員までその適用対象から除外する趣旨であると解する根拠はない。(一)で述べたように昭和五〇年九月一日東京都済生会事務局組織分掌規程が改正され、東京都済生会の事務局はすべて中央病院に置かれることとなった際に、都済生会就業規則も中央病院旧就業規則(<証拠略>)も改正されず、従前の規定のままであったし、その後も特に措置が執られなかったのであるから、右に述べた理は、その職員の勤務する事業場が中央病院であっても当てはまるものと解するのが相当である。
3 本件雇用契約を規律する就業規則について(争点1(二))
まず、平成三年一二月四日に締結された本件雇用契約は、翌年の参事の任命を予定していたとはいえ、中央病院の事務局事務次長に任命することを内容としていたのであり、被告は、本件雇用契約に基づいて事務局事務次長、次いで総務部長の職位に就きその職務を遂行していたのであるから、これらの職位、職務に関する限り恩賜財団東京都済生会就業規則(<証拠略>)四二条によりその適用対象から除外され、中央病院旧就業規則(<証拠略>)の適用を受けるものであったというべきである。
次に、東京都済生会が平成四年四月一日に被告を参事に任命したことにより、被告は東京都済生会事務局参事としての職位をも有することとなったのであり、恩賜財団東京都済生会就業規則(<証拠略>)の規定の適用をも受けることとなったものと解するのが相当である。恩賜財団東京都済生会就業規則(<証拠略>)四二条は、中央病院の業務に従事する職員をその適用対象から除外し、中央病院の就業規則の規律にゆだねることとしているが、東京都済生会事務局の職員を発令され、中央病院の業務以外の東京都済生会の業務を遂行する職員までその適用対象から除外するものではなく、この理は、その職員の勤務する事業場が中央病院であっても当てはまるものと解するのが相当だからである。
そうすると、被告は、中央病院の総務部長として中央病院就業規則(<証拠略>)の適用を受けるとともに、東京都済生会の参事として恩賜財団東京都済生会就業規則(<証拠略>)の適用を受けるものというべきである。
本件雇用契約締結当時は、恩賜財団東京都済生会就業規則(<証拠略>)には、管理職につき七〇歳及びそれ以外の職員につき六〇歳という定年条項があり、中央病院旧就業規則(<証拠略>)には、解雇事由として「老令(ママ)により爾後業務に耐えられないと認めたとき」を掲げていただけで、定年に関する規定はなかったから、定年に関する両者の規定は異なっていた。定年制の適用について調和的に解釈することは困難であるから、いずれかの規定が適用されることになるが、中央病院旧就業規則(<証拠略>)は、右の解雇事由を掲げていたことからも明らかなとおり、定年に関して規定していなかったからといって、中央病院に勤務する職員について終身雇用を保障する趣旨であったわけではなく、むしろ、中央病院に勤務する職員については済生会中央病院従業員組合との間で昭和四四年五月一六日に中央病院の常勤職員の定年年齢を満六〇歳と定める労働協約が締結され、昭和四五年五月一六日から施行されていたのであるから、同年一〇月一六日に改正、施行された中央病院旧就業規則(<証拠略>)は、右労働協約による定年制の規律に服することを当然のこととしつつ(労働基準法九二条、労働組合法一六条参照)、右労働協約の規範的効力及び労働組合法一七条所定の要件を満たすとすればその一般的拘束力による定年制の規律に反しない限りにおいて、個別の雇用契約によって定年が合意され、あるいは定年制を内容とする労使慣行が形成されることを許容する趣旨であったと解するのが相当である(なお、就業規則に優先する効力を有する労働協約によって定年制が導入されるのは当然のことである。)。このことに、一般に、管理職が七〇歳を超えて雇用の継続を期待することが困難であることを併せて考えると、被告が東京都済生会参事に任命された平成四年四月一日の時点では、東京都済生会の管理職である職員にとって、定年条項を規定していない中央病院旧就業規則(<証拠略>)の方が恩賜財団東京都済生会就業規則(<証拠略>)よりも有利であると一概にいうことはできないから、東京都済生会の管理職である被告には、恩賜財団東京都済生会就業規則(<証拠略>)の定年条項が適用され、この時点での被告の定年を定めることとなったものと解するのが相当である。
被告が六〇歳に到達した平成九年二月一一日の時点では、中央病院就業規則(<証拠略>)が六〇歳(管理職を含めるか否かにつき争いがあるが、中央病院就業規則(<証拠略>)三〇条の文言に照らし、管理職も含まれるものと解するのが相当である。また、不利益変更に当たるか否かについてはひとまずおく。)の定年条項を規定するに至っており、この定年条項は、東京都済生会の管理職である被告にとって、恩賜財団東京都済生会就業規則(<証拠略>)が管理職につき七〇歳の定年を定めている規定を有利に変更するものではないから、恩賜財団東京都済生会就業規則(<証拠略>)の定年条項が適用されるものと解するのが相当である。
恩賜財団東京都済生会就業規則(<証拠略>)の右定年条項は、東京都済生会の参事としての地位と中央病院の総務部長の地位とを兼務する被告の労働条件を規律するものとして統一的に適用されるものであり、右の各地位によって区々の取扱いをすべきものではない。その理由はこうである。既に述べたように、昭和五〇年九月一日の東京都済生会事務局組織分掌規程が改正されて以来、事務局分掌業務の処理は、中央病院の事務部門の職員が行うこととなったが、庶務事項は中央病院院長秘書室所属の職員が、財務事項は管理部経理課所属の職員が、いずれも東京都済生会事務局職員の兼務発令を受けることなく、右各業務の処理に当たっていた。これは、中央病院の当時の組織上、従前置かれていた事務局長が中央病院の事務部門のトップであり、管理部経理課所属の職員に対し管理部長を介して指揮命令権限を有していたこと等に基づいて実施できたことであったから、中央病院の事務局長又はこれに準ずる地位にある者に東京都済生会の参事を発令することが実際上必要であった。その後、中央病院の組織改革により事務局長は置かれなくなり、総務部長が中央病院の事務部門のトップとして位置付けられることとなり、先に東京都済生会の参事の発令を受けていた被告が総務部長に就任した。総務部長は、中央病院院長秘書室所属の職員や管理部経理課所属の職員に対する直接の指揮命令権限を有していたわけではなかったから、法的には他の部署に対する業務依頼で処理してもらっていたことになり、指揮命令系統の形式的不備が生じたが、既に昭和五〇年以来、中央病院の事務部門等の職員が東京都済生会事務局の分掌業務を処理してきていてこのような処理態勢が定着しており、当時の決裁書類も支部担当、人材課長、管理部長、赤木参事(被告)、業務担当理事の順に決裁がされる形式が取られ、関係者の意識においても、実際上も、特に不都合はなかった。このような事情から、中央病院の総務部長又はこれに準ずる地位にある者に東京都済生会の参事を発令することが実際上必要であった。当時の東京都済生会事務局組織分掌規程は、中央病院の事務部門の職員に東京都済生会事務局分掌業務を行わせる法的根拠を明確にしていないという点で問題があったが、右に述べたように中央病院の総務部長に東京都済生会の参事を発令することを当然の前提としていたものと解することができる。したがって、東京都済生会の参事の地位にあるが、総務部長の役職は定年によって失われるという事態は、当時の東京都済生会事務局組織分掌規程自体が想定していなかったということができる。したがって、被告は、七〇歳の定年に至るまで本件雇用契約に基づいて東京都済生会の参事としての地位と中央病院の総務部長の地位とを有するものというべきである。東京都済生会は、それが適法と認められるものである限り、人事権の行使により被告の役職、職位を降格させる等の措置を執ることができるが、伊賀六一が、前記(第二、一、3)のとおり、平成九年二月六日、東京都済生会業務担当理事兼中央病院院長として被告に対して東京都済生会の参事の職を解き、かつ、中央病院の職員として定年退職とする旨通知したのは、専ら中央病院の就業規則(<証拠略>)の六〇歳の定年条項が被告に適用があることを理由に、右の各地位が消滅することを確認的に通知したにとどまり、他に東京都済生会がその人事権を行使して被告の役職、職位を降格させる等の措置を執ったことを認めるに足りる証拠はないから、被告は、依然として本件雇用契約に基づいて右の各地位を有し、右の各地位に基づく職務遂行の対価としての賃金全額の支払を受けることができる。
(証拠略)の鑑定意見は採用することができない。
なお、先例としても、後記のとおり、被告にとって中央病院事務局次長、東京都済生会参事の前任者であり、被告が中央病院事務局次長に就任するとともに中央病院事務局長に就任し、平成四年四月一日常務理事に就任した矢野弘は、六〇歳に到達した際に中央病院院長伊賀六一宛に退職願いを提出し、退職金、その三〇パーセントに当たる定年退職扱いによる割増金及び功労加算金の支給を受けたが、その後もそのまま中央病院事務局長として勤務し、その地位及び賃金その他の待遇に変更はなく、平成七年三月まで満六一歳を超えて事務局長の職にあった。矢野弘より前に中央病院事務局(次)長及び東京都済生会参事を務めた者について、六〇歳に到達した際にその地位及び賃金その他の待遇に変化があったか否かについては、証拠上明らかではない。
六 労働協約の一般的拘束力について
中央病院の常勤職員については、昭和四四年五月一六日に締結され、定年年齢を満六〇歳と定める労働協約(<証拠略>)が存したが、管理職は一般の職員と同種の労働者ということができないから、被告に一般的拘束力は及ばない。また、本件雇用契約締結の時点で労働組合法一七条の他の要件が充足されていたことを認めるに足りる証拠はない。
よって、労働協約の一般的拘束力の主張は理由がない。
七 労使慣行について
原告は、本件労働契約締結当時済生会中央病院には管理職を含めて常勤職員の定年年齢を満六〇歳とする労使慣行が存在した旨主張する。しかしながら、(証拠略)によれば、被告は平成三年一二月四日事務局次長に就任したが、その前任者である矢野弘は、昭和二九年三月中央病院に勤務するようになり、昭和五八年一月事務局次長に、平成三年一二月事務局長に就任したこと、矢野弘は、東京都済生会参事であったが、平成四年四月一日これを解かれて常務理事に就任し(同日被告は東京都済生会参事を命ぜられた。)、平成五年一一月七日六〇歳に到達し、これに伴って中央病院院長伊賀六一宛に退職願いを提出し、退職金、その三〇パーセントに当たる定年退職扱いによる割増金及び功労加算金の支給を受けたが、その後もそのまま事務局長として勤務し、その地位及び賃金その他の待遇に変更はなく、平成七年三月まで事務局長の職にあったこと、被告は平成七年四月一〇日総務部長に任命されたが、事務局長矢野弘は平成七年四月一日(満六一歳四箇月)で嘱託職員になり、港区立特別養護老人ホーム「白金の森」所長勤務を命ぜられ、平成八年四月一日港区立特別養護老人ホーム「港南の郷」所長を命ぜられたこと、以上の事実が認められ、この認定に反する証拠はない。仮に中央病院に勤務する職員について原告主張のような労使慣行が存したとしても、中央病院に勤務する職員であり、かつ、東京都済生会参事に任命され、中央病院の業務以外の東京都済生会の業務を遂行する職員についてまで原告主張のような労使慣行が存したことを認めるに足りる証拠はなく、かえって、右認定に照らして考えると、被告の前任者については、中央病院に勤務する職員であっても、六〇歳に達したことにより定年で勤務を終了させる扱いを行っておらず、十分な処遇がされていたものといえるから、中央病院に勤務する職員であっても、東京都済生会参事に任命された職員については、中央病院の従前の役職にそのままとどまるかどうかはともかくとして、従前の地位に見合った役職に就任できるという処遇が行われていたことがうかがわれる。
よって、原告の前記労使慣行の主張は、その余の点について判断するまでもなく失当である。
八 六〇歳定年の合意について
原告は、東京都済生会と被告とが、本件雇用契約締結の際の(ママ)定年年齢を満六〇歳とする合意をし、あるいは平成八年八月七日六〇歳定年を合意した旨主張するが、被告に恩賜財団東京都済生会就業規則(<証拠略>)一五条が適用されることは前記のとおりであり、就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については無効とされ、無効となった部分は就業規則で定める基準によるから(労働基準法九三条)、原告の右主張は失当である。
九 賃金及び一時金の請求について
請求の原因4(一)の事実のうち、被告が平成九年二月一一日当時月額七八万円(本給七〇万五〇〇〇円、参事手当七万五〇〇〇円)の給与の支払を受けていたことは当事者間に争いがない。証拠(<証拠略>、反訴原告(本訴被告)本人)によれば、請求の原因4(一)のその余の事実並びに同(二)(1)及び(2)の事実を認めることができ、この認定に反する証拠はない。被告は、平成九年四月一日以降平成一〇年三月末日までの通勤手当につき、六箇月定期券代一〇万四五〇〇円の倍額に相当する二〇万九〇〇〇円を請求しており、通勤手当の趣旨からするとこのとおり請求することができると解される。
右によれば、被告が支払を受けるべき賃金及び一時金は、次のとおり一四八三万四六九〇円となる。
404,000+780,000+796,800×12+104,500×2=10,954,600
721,800×2.05+10,000+112,500=1,602,190
721,800×3+112,500=2,277,900
10,954,600+1,602,190+2,277,900=14,834,690
一〇 結論
以上の次第であって、原告の本訴は不適法であるからこれを却下し、被告の反訴請求中、被告が、原告との間で、社会福祉法人恩賜財団済生会支部東京都済生会参事及び東京都済生会中央病院総務部長の地位にあることの確認請求並びに賃金及び一時金の請求として一四八三万四六九〇円及び平成一〇年四月以降本判決確定の日まで毎月二五日限り金八一万四二一六円の支払を求める請求は理由があるからこれを認容し、その余の反訴請求に係る被告の訴えは不適法であるからこれを却下し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条、六四条ただし書を、仮執行の宣言につき同法二五九条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 髙世三郎)